20年前、福島県猪苗代町の横向高原のとあるリゾートホテルで宿泊管理の仕事をしていた。磐梯山が目の前に見え、非常に風光明媚だった!特に秋は、それまで見たこともないような雄大な「紅葉」が現れた。今でも脳裏に焼き付いている。冬は、スキー客でにぎわいを見せるが、非常につらくて長い。3月下旬になると氷が緩み、光が明るくなり、水滴の音がどこからも聞こえる・・・。その年ほど、春が来たうれしさを頭・体全体で感じたことは一度もない。まさに「日本の四季」を感じさせてくれた1年だった。

あの福島県が、今、向こう数十年の間、放射能の恐怖にさらされることになってしまうとは・・・。何ともやりきれない思いである。当時の職場は、第三セクターでの運営だった為、現地で生まれ育った方も多く、関西弁の私は、お話しさせていただくだけで、いつも盛り上がってくれた。みんな元気かな・・・。

今地元の人には、がんばってほしい気持ちと、疎開して欲しい気持ちが半々・・・複雑ですね。国の責任とはいえ、政治家や東電社員ばかりに責任を押し付けることはできない。これは、みんなわかっているはず。何か良い策はないもなのか?研究者の皆さん、良きお知恵を!

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